放射能を浴びた[X年後]

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【レポート:東京公開・最後のミニトーク!「伊東監督ひとり語り」】

カテゴリー:トピックス, レポート

【レポート:東京公開・最後のミニトーク!「伊東監督ひとり語り」 2015年12月7日】
昨日は、東京公開期間中、最後のトークを開催しました。
そのなかから、「監督ミニトーク」のレポートをご紹介します!

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一回目は、《モニタリングポスト》
映画の中で「1954年の段階で全世界で122箇所に設置」とあったモニタリングポスト。
実は昨年、アメリカ原子力委員会の文書で[人類史上初の水爆実験「マイク」]がおこなわれた1952年の段階で、日本の5箇所を含む107箇所のモニタリングポストが置かれていたことがわかったことをふまえ、そもそも核実験は1946年からやっていたので、いつどこにどのように影響が及ぶかが予測されていただろうことに憤りを露わにしました。
そして「X年後2」でおこなった土壌調査結果に触れ、私たちがいまどのような状況にあるかを知り、その上で福島を経験したことを認識してこれからを考える必要性と、被ばく者や遺族のためにも、この事件の解明は大切であることを語りました。


二回目は、《元漁労長の山田勝利さん》と《ナレーションの鈴木省吾さん》
「船員の命・その家族の生活」が託される、船で一番の責任者・漁労長だった山田勝利さんは、死と隣り合わせの過酷な海の仕事を誰よりも知っていて、2年前「海の仲間たちのために」と「X年後」を室戸で初めて「X年後」を上映して室戸の人たちに映画を届けてくれたことに触れ、その上映会に川口さんが来たことで今回の展開につながったことをお話ししました。
そして、実験がおこなわれ始めた1946年から、マグロ船も、捕鯨船も、貨物船も、客船も被ばくしていたにもかかわらず、検査をされたのは1954年の「わずか10ヶ月間だけ」だったことをふまえ、そのうえで福島を経験したことを知る重要性を語りました。

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*そして、偶然来場していた本作ナレーション担当・俳優の鈴木省吾さんを客席からご紹介!
愛媛ローカルから放送を開始し、日本テレビNNNドキュメント放映、前作「X年後」、そして今作の「X年後2」…と続けてきた本作、タイトルが「放射線を浴びたX年後」となってからは、すべてのナレーションを担当してくださった鈴木省吾さん。伊東監督が書くナレーション原稿を、自身の思いを込めて読んでくださり「言葉に命が吹き込まれるかのごとく感じた」と感謝の思いを語りました。


三回目は、《伊東監督の原点・忘れてはならないこと》
「ひとり語り」最後のトークとなったこの回では、本作を追う伊東監督の原点ともいうべき体験(高校生のときに訪れた広島の記念資料館で、全身火傷をした人の写真を見て「すごく痛かったんだろう」「数ではなくて、そこに一人一人の痛みがある」「もし自分だったら」と感じたこと)に触れ、事件の概要を伝えた前作「X年後」に続き、第二弾「X年後2」では、《一人ひとりの内にある痛み》を伝えたかった、と、川口さんの内に秘められた思いや彼女の生い立ち、人柄などを紹介しながら、被ばく者の遺族が、被ばく者を探しているという現実についてと、今を生きる私たちが忘れてはならないこと、をお話ししました。

トーク後のサイン会には長蛇の列ができ、監督にたくさんの感想や質問が寄せられ、一人ひとりとお話しさせていただきました!

▼東京・ポレポレ東中野での上映は、いよいよ12月11日(金)まで!
(連日14:40〜は「X年後1」の特別上映も開催しています!)

この機会に、ぜひ、お誘い合わせのうえご来場ください!
http://x311.info/part2/

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